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Column
真ちょえん的日記
久々に登場。
2006年03月28日(火)
というわけで?、ひさびさに、「タウン情報やまぐち」(4月号)に登場しています。
あまりいいことは言っていないのですが(爆)、K尾記者の見事な筆さばきで、きちんとまとまっています。多謝。

さぁ、年度末。
今日は朝から雷やら暴風やら…。
なにか起きそうな予感。。。

4月から大変だぞ。

握手。
2006年03月25日(土)
引越し作業が半分ほど終わり、ついさっき大学へ。

C館の横を歩いていると、小川先生と、OGのSさんが荷物を抱えて階段を降りてきました。
師「あと2、3分で出ます。もう部屋はもぬけの殻ですよ」
今日で山口を経つ恩師の旅立ちに間に合いました。

「頑張ってね」という師の言葉とともに握手を交わしました。
その瞬間、なんともいえない感動が私を包みました。
こみ上げてくるものをぐっとこらえながら、この大学に来て良かったと心底思いました。1年生の頃は、山口や大学に不平不満ばかりを漏らしていましたが、今や、かけがえのない4年間(小川先生の山口在任期間も私と同じ4年間だった)を過ごすことができたことに、感謝の思いで満ち溢れています。
そして、確実に一つのことが終わったのだと、そう感じました。卒業式の穏やかな(きょうの春の陽のような)感動とは違い、予期していながらも突きつけられる現実の厳しさを噛み締めながらの「感動」――。

恩師は何人いてもいいものです。
小川先生は、しかし、言葉では何も説いてはくれませんでした。国際関係論のゼミにいながら、それらしい話をしたことはほとんどありません。けれど、言葉の端々、行動の部分部分に、思い返してみれば私はとても大きな影響を受けました。例えを挙げればきりがないでしょうし、言うのも野暮な話ですが。

軽やかに師は山口を後にします。
4年間のいくつかの場面に今も散らばるメッセージを、私は読み返すように思いをめぐらしながら、きっと、今日のこの瞬間を取り出されることのない胸の奥底の引き出しの中のどこかにしまいこむに違いないと、思っています。
それが、小川先生との山口での別れにふさわしいのです。


4年間お世話になりました。
先生のご活躍、心よりお祈り申し上げます。
      ――旅立ちに添えて。

策略地価。
2006年03月24日(金)
 小倉地区の公示地価がまた下落した。しかも下落幅は拡大しているという。西日本新聞は「小倉北区は前年比1・2ポイント拡大し10・7%と過去最大になった。調査地点別の県内の下落率上位十の二位に15・9%の浅野二丁目(一平方メートル当たり三十万七千円)、九位に13・3%の馬借二丁目(同四十五万八千円)が入るなど、JR小倉駅の南北二地点の大幅な減少が影響した。同区を調査した●●●●不動産鑑定士は「(同区で二〇〇三、〇四年に相次ぎ開業した)リバーウォーク北九州と小倉伊勢丹が中心部の活性化に当初の期待ほど貢献しておらず、魅力ある商業地として新たな投資が生まれないため」と指摘した。」と報じている。(●には人名が入っているが、ここでは引用を避ける)
 同新聞がデータを示した浅野2丁目は小倉駅北口向かって右側のホテルや雑居ビルが集まる地域。小型のビルが集まっており、開発は難しいエリアだ。また馬借2丁目は市立医療センターや第一交通産業本社などがありモノレール線沿いはオフィスビルが集まっている。そうした中で、不動産鑑定士のコメント「魅力ある商業地として新たな投資が生まれないため」は、妙にひっかかる。
 まず、浅野2丁目と馬借2丁目ともにオフィスの集まる地域であり、リバーウォーク北九州や小倉伊勢丹とは相容れない性質を持っていることを指摘しておかなければならない。原宿を見て、新宿や品川を語るような話で、馬鹿げている。
 また、魅力的な商業地ではない根拠がどこにあるのだろうか。下関市民を対象に、最も買い物に行く場所はどこかと聞いたアンケートがある。それによると、青年層では27パーセントが小倉を挙げている(山口新聞による)。北九州市内に限って言えば、市民には小倉のほか1000円前後で行くことができる天神という選択肢があるだけに、買い物先においては小倉の相対的地位は高くない。だが、周辺他都市で見れば、小倉は十分に拠点性を持った都市である。実際に、リバーウォーク北九州の客層には山口県からの来訪者が多いことは、すでに報じられている通りではないか。
 この不動産鑑定士らは、土地を安く買い叩きたいだけのようにしか思えない(そうすることの意味は分からないが)。小倉都心はバブル崩壊で頓挫したプロジェクトが再び動き出しており、投資が止まっているとは考えられず、オフィスビルの空きが減ってきていることを考えても、それ以外に理由はあるまい。また、元来小倉で最も高い地価を表してきた魚町や京町については、西日本新聞は触れていない。もっとも、したり顔の専門家の言い分と、それとかけ離れた地点のデータを載せる段階で、これは北九州の人間が書いた記事ではないことは明白。西日本新聞だけに、記事の狙いがどこにあるかは明らかだ。
 なお、この記事では貴船町(小倉北区)や青葉台(若松区)などの住宅地の下落についても触れ、「大手鉄鋼メーカーの社宅跡地などの分譲が進み、住宅の供給過剰感などが影響したという。」と結んでいる。社宅跡地を売ったら、貴船町(スーパーや住宅地、マンションなどが雑然と並ぶエリア)の地価が下落したとでも言いたいのだろうか。桶屋の話ではあるまいし、冗談をそのまま記事にするのはやめたほうがいい。

 彼らは来年も「新北九州空港が完成したが中心部の活性化に当初の期待ほど貢献しておらず、魅力ある商業地として新たな投資が生まれない」などと語るだろう。北九州市は、実体経済を見ずに負の虚像を積み上げていく彼らに耳を傾けてはならない。と同時に、工業都市として、新産業の創出や工場の誘致などを、今後も市は積極的に働きかけて行くべきだろう。インフラは整っただけに、市長その他関係者の努力を期待したい。地価の評価は後からついてくる。

(写真=リバーウォーク北九州から見た小倉城)

保守的?
2006年03月23日(木)
「悪い意味で、保守的になったよ」

「真ちょえん、最近、まあるくなったよね?」(※)
と言われて返答したのが、この言葉。
 ※=太ったとかそういうんじゃなくて(そうかも)、性格的に。

けっこう、保守的(※)になったと思う今日このごろ。
冒険心をちゃんと持たないとね。
青春18きっぷも手に入れたし、来週末あたり、ちょっと出かけてこよう。ユースホステルの会員証と、青春18きっぷ、時刻表、ザウルス、わずかばかりのお金をポッケに入れて、さぁ旅立ちだ!
 ※=保守的という言葉が最近、妙に使いづらい気も。政治で保守といえば自民党や民主党を指す言葉だけど(厳密に言えば違うが)、小泉政権下で様々な改革が進むこともあって、両党の姿勢は「保守的」ではない。ちなみに、ここで言う保守的とは、当然ながら、守りに入ろうとする姿勢・感情の向きを指します。

ぷみぃ。
2006年03月21日(火)
最近、肩凝りがひどい。
感覚がない。

肩の背中側の位置(説明しにくいのですが)を押すと痛みが走り、上部から首にかけてはほとんど感覚がなく、首の後ろ側も硬くなっていて、しこりのようなものを掴むような感じ。

理由はいくつかあるけれど、
一つは運動不足。極力歩くようにしてるし、サッカーできる日はサッカーをしてるんだけど。。。
また、寝ても疲れがとれないというのもある。変な夢(自分の周りが燃えてるとか、冷たい夜の海岸線を歩いてるとか)を度々見るので、妙な時間に目が覚めたりするし。とにかく眠りが浅い。
そして、パソコン。日々、キーボードを打ち、画面に向かっていると、やはり肩などには負担がくるだろう。

そんな感じ。

で、最悪なことに、まぢで「敏感肌」なので、肩にシップやアンメルツなどが効かない。「敏感肌のためのシップ」などを買っても肌が真っ赤になったし、一度アンメルツを塗って、痛みのあまりのたうちまわった。

あと、肩の形が「凝りやすい」のだと言われた。

また、体が歪んでいるので(右足ばかりを組むとか、そんなことの影響で骨盤から曲がっているそうな。んで、胴部分の歪みを無意識に戻そうとして肩から上が反対方向にずれているらしい)、そもそも体の随所に負担がかかっているようだ。

というわけで、慢性化の一途をたどる肩凝り。

そんなお仲間はいませぬかのぉ?


(写真は本文と全く関係ありませんが、夕闇の平成筑豊鉄道「東犀川三四郎駅」です)

紆余曲折。
2006年03月19日(日)
広辞苑第五版より
うよきょくせつ(紆余曲折) ,泙りくねること。 ∋情がこみいっていろいろ変化のあること。


まさに、大学4年生の1年間は紆余曲折しっぱなしだったと思っております。

去る05年8月。かねてより親交?のあった某紙N記者に誘われて(?)、某紙(ってか「サンデー山口」だけど)で、バイトを始めました。週4日の午前10時から午後6時まで。で、それはそれでよかったのです。文章書くのは好きだし、ST.と同じソフトウェアを使っているので、妙な緊張感さえ除けばとても充実していますし。
しかしながら、1週間のスケジュールは、月〜木に山口でライターをして、土日は溜まっている編集やウェブ制作(某紙以外の仕事ね)に追われる日々。金曜は北九州で仲間とサッカーをしてリフレッシュを図ってはいるものの、個人的に必要な睡眠リズム「6−6−8−6−6−8」(6時間睡眠を2日間したら8時間寝る)というのが完全に崩れ、もっぱら4時間や5時間――。そんな中、「このままこの生活しててもいいけど、も〜っと勉強したいな」という思いがふつふつと沸いてきたのです。まだ知らないことがたくさんあるこの世界。もっとも〜っと勉強して、いつかは世界に! などと、夢だけは大きくふくらませつつ、某大大学院の願書を取り寄せました。
候補はK大、もういっちょK大、H大の3つ。このうち、もういっちょK大は早々に除外し、自分は何が勉強したいのか(何なら勉強できるか)という自問自答の末、H大(広島大学ですが)を選出。H大のウェブサイトを参考に、指導教員を絞り、メールと電話で連絡しました。
ところが、まったく返事がないのです。「海外出張でもしているのだろうか」、そう思っているうちに、願書提出期限も迫ってきます――。そうこうしているうちに、他大学は願書提出期限が締め切られ、選択肢はH大を残すのみ。依然、反応無し。
H大の願書提出期限前日=県立大卒論発表の日。朝からレジュメ作りに追われていたところ、昼頃に不意に電話が鳴りました。電話番号は082から始まる番号。もしかして――。案の定、渦中?の教員から。で、その次の言葉に私は耳を疑いました。
「私は、自分の研究に辟易している。だから、君の研究は受け入れられない」
…。
その教員が、大学のウェブサイト上にも、資料にも、研究領域として公言していることに概ね沿う形で研究に関して伝えたはずなのに…。
卒論発表は上の空。何を喋ったのか覚えてません。
再考の末、その教員に電話をしたら、また繋がらない。で、「今回は出願を辞退する」とメールを送ると、数日後に返事があり、、またその返事に驚かされた。
ただ一言、「ありがとうございました」と。
やるせなさというか、怒りというか。
時はすでに1月。あまりにも時間がなさすぎました。

というわけで、もう少し山口にいます。
某紙には新しい顔が少しずつ増えてきていますので、私の役目はそろそろ終わりそうですが、もう少しエネルギーを蓄えて、再度、勉強できる場所に挑みたいと思っています。


個人的な今後の偉大なる?目標は(笑)、
・英語が話せるようになること。夢は街なかで日本語と英語と中国語を使いながら会話。だけど、アメリカも中国もあまり好きじゃない。(ぉぃ)
・修士号を取ること。でもって、世界に挑むこと。(その前にパスポートの更新をすること)
・北九州でフリーペーパーor雑誌創刊。偉大なる編集者セニョール氏に果敢に挑戦して敗れること。(おぃっ)
・書き上げた小説を文学賞に応募。名前を書き忘れて、ゴミになること。
・ぷみぃ語の中の「ぷみぃ」と「うにょん」を、世界語にして世界中の辞書に載せること。(無理)
・そもそも世界征服。


あと、心配?のST.。
これは引き続き続けていきます。ご安心ください(?)。


(写真は今年2月に萩にふらふらと出かけたときに、松陰神社で引いたおみくじ。松陰先生の喝は私に効いたのだろうか(苦笑))

目的も夢もあやふやだけど。
2006年03月18日(土)
B'zがこんな歌を書いています。

 目的も夢もあやふやな暮らしだった
 親のスネをかじりながら時間だけがあった
 髪を切らないでこの街にもう少し残ってみるよ
 あてもない門出を泣きながら祝ってくれた君が愛しい

 さよならなんかは言わせない
 僕らはまた必ず会えるから
 輝く時間を分けあった
 あの日を胸に今日も生きている

 さよならなんかは言わせない
 淋しそうに太陽が沈んでも
 小さな星で愛しあった
 君は今もきっと笑っている


きょう大学を卒業しました。
あっという間の4年間。
さまざまなことがありました。嬉しいことも辛いことも。
そして、さまざまな人に出会えたことが、これからの財産になると思っています。

---

振り返って後ろを見てみると、あまり仲間はいなくて、
みんなはずっと前のほうに進んでいっている。
そんなことを感じた日々。
はじめはただ悔しかった。
それが、もう少し強く生きていかなきゃ、という思いに変わって自分を苦しめた。
自分は一人だと思っていた。
けれど、本当はひとりぼっちじゃなくって、ひとりぼっちのたくさんの集まりの中にいる自分に気づいた。悔しくても、辛くても、悲しくても、「自分なりの生き方」をすればいい――。
遠くなっていく母の背中を追うことができず、父の背中にも背を向けていた。
自分が自分であることに、恐れと迷いがあった。
その時代が終わった。
これからもきっと高い壁がいくつも待っていることだろう。
だけど、人がどうするかではなく、「自分ならこうする」という信念をもってそれを乗り越えていこう。
人から指を差されようとかまわない。
「僕は僕だ」。
きっと、なかなかそう思えないだろうけれど、ひとつの決意を新たにした。
その思いをここに書きとめて、きょうを結びたい。

---

進路その他については後日必ずここで報告します。

サイコロ、最終回。
2006年03月15日(水)
神はやはりサイコロを振らなかった。

動きえぬ運命までの限られた時間。
運命を受け入れる者、
運命に立ち向かう者――。

悲しすぎる運命に翻弄されながらも前向きに生きていこうとする登場人物たちが非常に印象的だった。


風のように消えていったあの人が、きっとどこかで生きている。
そう思えるだけでも、実は幸せなのかもしれない。


(ドラマ「神はサイコロを振らない」最終回に寄せて)

羽ばたけ新北!「推理小説の舞台に?」
2006年03月15日(水)
もうすぐ開港する新北九州空港。
新空港が苦戦する中で、新北九州空港にはJALのほか、新規航空会社のSFJ(スターフライヤー)、沖縄便を運航するJTA(日本トランスオーシャン航空)などが就航。上海線も週3便運航し、早くも活況を見せている。

そして、なんといっても売りが、
 北九州発羽田行:始発5時30分、終発23時30分
 羽田発北九州行:始発5時55分、終発23時50分
という終夜運航に近いくらいのダイヤの充実ぶりだ


というわけで、もしかしたら、こんな推理小説もできるのでは?
 警察 「死亡推定時刻は深夜3時か…」
 A氏 「ということは私は犯人じゃありませんね」
 警察 「ほほう? アリバイでも?」
 A氏 「ええ。私は昨日、小倉で飲んでたんですよ。2次会まで行きましたし、夜中の3時に東京まで帰れるわけがないじゃないですか」
 警察 「う〜む。確かに。飛行機は夜9時くらいには終わるだろうし、飲んでから東京というのは無理があるな」
 探偵 「ちょっとまってくださいよ、目黒警部。Aさんのアリバイは成立しないんですよ」
 警察 「ふぉふぉう?」
 A氏 「なぜだ? どうやっても無理じゃないか!」
 探偵 「Aさんが2次会に顔を出して、夜の10時すぎまで飲んでいたとしても飛行機で帰れるんですよ。東京まで」
 警察 「しかし毛利君。そんな遅くに飛行機なんて…」
 探偵 「いや。可能なんです。最終便は11時30分。羽田着は午前1時です。羽田からタクシーを使ってここまで来れば、殺害することはできるんですよ」
 A氏 「ぬ・・・」
 警察 「なるほど! さすが毛利君。さぁ、どうなんだねAさん」
 A氏 「…。私がやりました…」

ってか、小説じゃなくて、名探偵コナソじゃん

 まぁ、いっか。

オリンピックとマスコミの功罪。
2006年03月08日(水)
 オリンピック、俺は天才だ、などと言って成績が残せなかった選手がいました。

 マスコミは、オリンピックが始まる前はさんざ彼らに期待をかけておきながら、結果が残らないと「なんだあの発言は」などとバッシング。スラロームの佐々木やスノーボードの今井、フィギュアの安藤らがけっこう叩かれているようです。
 しかし、スラロームもあんな派手なスノボのワザも、私にはできないことばかり。プレッシャーを感じながらも果敢に挑んでいった彼らを、賞賛はしても、批判するものではないはずです。
 たしかに、宣言の割にはあっけない幕引きであったことは事実です。スラロームでは、アフリカや南アジアの選手が転倒しても這い上がって通過できなかった旗門(旗と旗の間)に戻り、タイムなど関係なく“自分に挑戦”したことに、私は感動しました。その点から見れば、日本選手には粘りがなかったのかもしれませんし、期待の余り、驕っていたこともあったのかもしれません。けれども、これを機会にまた日本選手も自分を見つめなおし、頑張ってくれると信じています。
 マスコミはまさに突き落とされた底から這い上がろうとする選手たちを、温かく見守って欲しいと思うのです。彼らについて「よくやった」と褒めるのか、「なにをやってるんだ」と憤るかの判断は視聴者がすればいいこと。マスコミは、アスリート批評の代弁者ではないのです。


 少し話は変わりますが、オリンピックの半ば、私は時にこう熱く語りました。「何でもいいからメダルを取って欲しい。メダルがなかったらスポンサーになる企業が減る。スポンサー探しに苦闘した選手もいたし、このままではマイナーな競技はつぶれてしまう」。これは日本の現実です。スポンサーがいなければ特に貴族の祭典とも言われる冬のオリンピック競技は続いていかないのです。そして、スポンサーの数を決定的に左右するのがやはりメダル。フィギュアスケートの荒川選手には今後多くのスポンサーが見込まれますが、一方でメダルに手が届かなかったスピードスケートやジャンプでは、スポンサーが手を引くことも考えられます。
 朗報としては、カーリングがメダルなくとも盛り上がりました。これは、マスコミが注目することで、競技への関心が高まることの良い例です。


 最後に。
 マスコミの中では「読売新聞」がJOC(日本オリンピック委員会)のオフィシャルスポンサーだそうですが、その読売新聞がスポンサー探しをする選手について報道しています。なんとも納得しがたい話です。読売新聞は、選手のスポンサー探しをするためのスポンサーなのでしょうか。
 この話はもちろん読売新聞に限った話ではなく、テレビ局はそれぞれ応援ソングなどを作って“応援”しているようですが、選手には競技を続けるための何らかのサポートはできたのでしょうか。浴びせたのは応援ではなく批判だったのではないのかと、そう考えている今日この頃です。


 オリンピックをキーワードにマスコミの功罪について考えてみました。

storyのある旅。
2006年03月05日(日)
■予告?■storyのある旅〜田川伊田と平成筑豊鉄道沿線編

先日、こんな行程でちょっとふらりふらりとしてきました。
旅のまとめを、近日中に公開したいと思います。

◆城野(→今回の旅の拠点)
  |
  |日田彦山線
  ↓
◆田川伊田(→下車し駅周辺を散策)
  |
  |平成筑豊鉄道田川線
  ↓
◆源じいの森(→下車し駅周辺を散策)
  |
  |平成筑豊鉄道田川線
  ↓
◆犀川(→下車し駅周辺を散策)
  |
  |徒歩
  ↓
◆東犀川三四郎(暗くなったので駅で休憩)
  |
  |平成筑豊鉄道田川線
  ↓
◆行橋
  |
  |日豊本線
  ↓
◆城野


なかなか面白い旅でした。

最近の、
■山口→萩→(山陰本線)→下関→小倉
■山口→防府
■山口→長門峡
ともあわせて公開したいと思います。

おたのしみに♪


写真は田川石炭記念公園。
 右に伊田竪坑櫓、左に竪坑排煙に使った高さ45メートル超の大煙突。

kb.stについて
2006年03月05日(日)
このサイトについて、今まで書いたことがなかったので書いておきます。

■サイト趣旨(&間違えてお越しの方へ)
 kb.stは真ちょえんの個人的なサイトです。日々のごたごたや、F1、サッカーのことなどについて語っています。ぷみぃの話もあります。
 なお、
 「宮野すとりーと・webST.」と間違われた方はこちらへ。

■history
 kb.stの歴史です。(更新履歴ではなく、サイトの変遷です)
 1999※ 前身・メディアサイト オープン
 2002 サーバ移転、「kiwibird street」に名称変更
 2003 一部を分割。情報部分は「webST.」へ。
 2005 サーバ移転。名称を「kb.st」へ。
 ※=不確かなので、現在調査中。

■読み方
 kb.stはhistoryでも分かる通り、「きうぃばーどすとりーと」の略です。そのため「きうぃばーどすとりーと」と読んでいただくのがもっともよいのですが、「けーびーえすてぃー」でもOKです。

■由来
 「きうぃばーどすとりーと」は、私が高校時代にニュージーランドでホームスティをし、大自然にひかれたことに、その名前の由来があります。

■サイトのコンセプト
 真ちょえん関係者のみなさまに、私の消息と生きるヒントを提供することが一貫するコンセプトです。

■真ちょえん
 人間兼サイトオーナー。前世はペンギンだと自称も他称もされているようです。「真ちょえん」と呼ぶと時々喜ばれます。

■ぷみぃ
 地球上に存在する謎の多いコミュニティ。ただし、宗教団体でも秘密結社でもないようです。太平洋上に国を持ち、日本にも数人の在日ぷみぃ人がいるらしいのですが・・・。詳しくはこちら

truthinessとは。
2006年03月03日(金)
 昨年のアメリカの流行語大賞は「truthiness(トゥルーシネス)」が受賞したそうだ。ニューズウィークによると意味は「真実と思いたいこと」。テレビが初出だという。(以前から言葉そのものはあった模様だが、私は英語圏の人間ではないのではっきりとは分かりません)
 語感も意味も、人をあざ笑うような皮肉な言葉。しかし、日本もアメリカでの流行に後れることなく、「真実と思いたいこと」ブームが到来。世間を騒がせている。

 いくつか例を。

メールを真実と思いたい民主党
 議員本人もさることながら、「楽しみにしておいてください」とまで発言した党首にも責任は重大。安易に国政調査権を発動せよとまで言及したことには、むろん、党内外から批判があって然り。

あの涙真実と思いたい東横イン
 あの豹変振りには誰しもが驚いた。「60キロのところを67、8キロで走った」と放言したあの時のほうがまだ印象は良かったのでは? 北九州、山口でも相次いで開店。ファン多いだけに再建に期待。

髪の毛も真実と思いたい元一級建築士
 すっかり下火になってしまった構造計算書偽装問題。それでもくすぶっているのが「あれはカツラだよね」疑惑。人間、けじめをつけるときは頭を丸めるものだが、その準備中か、それとも…。

検査済み真実と思いたいBSE
 BSE危険部位混入で槍玉に上げられた中川農相。しかし、本来叩くべきはずさんなアメリカの検査体制だ。アメリカに怖気づいて批判できず、もっぱら国内にのみ関心を寄せるマスコミは恥ずべき。

少しローカルねた。

高島屋を真実と思いたい博多駅
 JR九州は、新・博多駅に高島屋を誘致したい考えだが、店舗面積を巡って交渉難航。赤字でも現駅に出店し続けていた井筒屋を敵に回したツケか。先に入れ物を作るという考え方に問題がありそう。

天神神話真実と思いたい在福マスコミ
 一極集中が進む天神。ところが、岩田屋旧本館跡地の利用メドも立たず、今度は「BiVi」からベスト電器が退店。これが現実。周辺他都市を排除し、天神神話を誇大広告したマスコミの功罪いかに。

150万真実と思いたい北九州市
 まもなく開港の新北九州空港。需要予測は「達成可能」とも「甘い」とも両論あるが、ひびきコンテナターミナルがスロースタートだっただけに開港前から嫌な焦りが。北部空港機能分担論は棚上げ。


 さて、あなたの「真実と思いたいこと」は何ですか?

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